風呂敷は畳んだら持ってかれそう

進んでるはず。
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髪、どこまで描きこめるかなあ。




広げた風呂敷を畳む話が話題だ。
togetter.com

(以下、書いたあとにまとめ読み返したらほぼ同じこと言ってました)

エヴァンゲリオンが好きな自分にとっては風呂敷はなるべく畳んでくれない方がいい。
考察の余地があればそれだけ世界が広がると思うし、最終回までの展開が素晴らしければそれで十分だと思う。
伏線って「設定の説明を読者にしていない」ものと、あとはまあ色々あると思うけれど、「設定の説明」って別にしてくれなくてもいい。
それよりは作品を通して何がテーマなのか、創作者の思想が色濃く出てくれたほうが嬉しい。

けものフレンズは最終回まで色々と考察が捗ったけれど、伏線を回収してもらうとそれはそれで終わった感じが強くなってしまって、なんだか一気に冷めてしまった。OPとEDは歌えるけれど。

げんしけんは一部が終わって二部が始まったとき、あまり読む気にならなかった。数年経って斑目が咲に告白するシーンまで読んだけれど、そこでやっぱり終わった感が強くなってしまって、続きを読んでない。いや、多分あのあともきっと面白いと思う。
でもやっぱり斑目は咲に告白しないまま卒業して、その後どうなったのか分からないままのほうが、いや、どうなったか分からなくても、自分は良かった。

ドラクエの考察ですごく面白かったサイトがあって、
kanoh.cocolog-nifty.com
こういう「閉じていない」作品が自分は好きなんだと思う。

なんだろう、やっぱり中学生の時に旧エヴァのラストに衝撃を受けて、古本屋で解説本を立ち読みしたり、サイトの考察を読んだりして物語に近づいていった体験が強いからなのか。
風呂敷は広げっぱなしで、もう色々置いてあって畳めないくらいが自分にとってはちょうどいい。
畳んで整理してしまうとスッキリはするけれど。

…と、ここまで書いて。
そもそも風呂敷を畳むというのはみなさんどういう定義で使っているんだろうと思った。伏線を回収することなのか、終わりを上手くまとめ上げることなのか。
「風呂敷を畳めないのはダメ」と言っている人たちはクライマックスが盛り上がらずつまらなかった、と言っているのかもしれないし、「別に風呂敷を畳む必要はない」と言っている人たちは伏線を回収する必要はない、と言っているだけなのかも。
まとめにでているGANTZ浦沢直樹作品もドラゴンヘッドも、自分はあまりラストに違和感を感じなかった。そもそも伏線を気にするほど読み込んでなかったけども。

ハガレンが素晴らしかったことに異論はないし、そこでシンの国がどうなったか描かかれていない!と批判する人はいないわけで。
やっぱり風呂敷を畳んだ時の結び目や格好が人によって綺麗に見えたり不格好に見えたりする、ということなのかなあ。当たり前やな。